全国のカッコいい騎馬像10選!甲冑姿の武将が激アツ!


甲冑をまとい駿馬を駆る孤高の武将……。歴史ファンでなくとも「カッコいい!」と認める男の中の男の姿ですが、そんな勇姿をリアルに再現したのが、日本各地で見得を切る騎馬像。名将の縁の地には雄壮な像が建立されていることが多く、観光スポットとしても人気を集めています。 そこでここでは、トリップアドバイザーの口コミをもとに、全国のカッコいい騎馬像を厳選して紹介します。いざ参らん、騎馬像ブームの到来なり!
鎌倉時代末期から建武の新政を支えた智将。幕府打倒を掲げた後醍醐天皇に呼応し、天才的な策略で敵軍を翻弄しました。皇居外苑の銅像は、隠岐を脱した天皇を迎える姿をかたどったもので、高村光雲らの手で1900年に完成しました。本体の高さは4mで重さは約6.7t。天皇家への忠君愛国を示すモデルとしてこの地に立つといわれています。

"皇居外苑のシンボル。 純日本的な皇居のお堀の風景と、西洋的な作りの皇居外苑がうまく調和しています。 正成像は別子銅山開坑200年を記念して、住友家が現在の東京芸大に制作を依頼したもの。 周囲は、大きな観光バスの駐車場もあり、観光客でにぎわっています。"
— TEZOO-TAZOOさんの口コミ
"皇居周辺で唯一の休憩所が、この正成像周辺にあります。売店では皇居のお土産が売られていて、アイスやジュースも売っているので、正成像を丸く取り囲むベンチに座って、ゆっくり休むことができます。"
— ともきっきさんの口コミ
"今にも動き出しそうな、力のある銅像でした。 顔が見える方が前と思ったのですが、見えない方が正面との事。 皇居に向かって後ろを見せられないと言う考え方からだそうです。"
— at7laxさんの口コミ
仙台藩初代藩主。幼少期に右目を失明したことから独眼竜と呼ばれ、大河ドラマにもなり人気を博しました。宮城県内にはいくつかの騎馬像がありますが、こちらは仙台城跡のもの。1935年に設置されたものが大戦中の金属供出で撤去され、1964年に同じ原型から再び鋳造されました。

"テレビでよく見る伊達政宗の像は想像していたより大きかったです。ここから仙台市内が一望出来ます。駐車場からも近く、足が悪い家族もみんな揃って見ることができました。"
晃子 矢さんの口コミ
"高台から望む景色は遠く海も眺めることができ、目の前の広瀬川、仙台の街並み、山々の景色と本当に眺めが最高です。伊達政宗公の銅像は記念撮影ポイント。仙台観光の記念に撮影してください。ガイドの方もいるので、気軽にペアの写真撮影依頼ができます。"
よしyoshiさんの口コミ
"東日本大震災からの被害から復旧し、石垣も綺麗になりした。現在は石垣と櫓のみで、特にめぼしいものはありませんが、城跡には有名な伊達政宗の騎馬像があり、眼下を望めば仙台市内の高層ビル群と、広瀬川の流れが滔々としている様子が見れます。"
a4redさんの口コミ
戦国時代の武将。織田信長と豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方し、土佐一国を与えられました。高知城の表門に立つ像は1996年に再建除幕されたもので、本体の高さ4.32m、重さ3.6tを誇ります。

"土佐藩24万国初代藩主として高知城を築城し、城下を整備したのが山内一豊です。像は追手門の外、県立図書館の横にあります。馬に乗り槍を携えた姿は堂々としてました。"
— HIROKO Gさんの口コミ
"豊臣秀吉に従って信長の朝倉・浅井攻めに出陣して武功を上げた武将として有名です。歴史好きな人にとっては、1度は見に行く価値はあると思います。"
— 退職老人さんの口コミ
"大河ドラマにもなった山内一豊といえば奥さんの内助の功が有名ですね。でも槍の名手で数々の武勲をあげた。土佐、山内氏が維新で活躍した歴史の基盤を感じさせる立派な像です。"
— Tomoko Gさんの口コミ
徳川四天王に数えられる彦根藩初代藩主。彦根駅のロータリーに立つ像は、鬼の角のような前立物が再現されています。兜や鎧を真っ赤に染めた姿は「井伊の赤鬼」と恐れられ、赤備えの精鋭部隊を率いて関ヶ原の戦いで功を成しました。

"彦根駅前の広場にある。騎馬像でかなり見栄えがする。独特な甲冑姿も良く表現されている。彦根駅から彦根城に観光に向かうのであれば、ここを通るので記念写真にも良いかと思う。"
— サンダーバード681さんの口コミ
"彦根の観光と言えば彦根城をはじめとして井伊家ゆかりのものなので、そのスタートとしてはふさわしいと思います。直ぐ近くにひこにゃんもあるので、子供にも受けていました。"
— ミノムシ生活さんの口コミ
伊達政宗の伯父にあたる山形藩の藩祖。山形城の櫓門を背に立つ姿は、上杉景勝の重臣が攻めてきた際に、自らが陣頭を取り決戦の場へ向かっていく勇姿を再現したものです。二脚で立ち上がる兵馬が見事で、1977年に建立されました。

"霞城公園の中にある”騎馬像”です。 当地の礎を築いた、最上義光公が馬上で勇ましく指揮棒を持っています。 地元のガイドさんによると、指揮棒は宿敵、直江兼続の居城を指しているという説のほか、この像の制作に多大なる寄付をした故鈴木傳六氏の会社(かの有名な、”でん六豆”を作っている会社です。)の方向を指している、という説もあり・・。"
— 旅に出てます~さんの口コミ
"門のすぐ内側に、出羽山形藩の初代藩主である最上義光の騎馬像があります。棹立ちする悍馬にまたがる様子は躍動的でカッコいいです。"
— akio9jpさんの口コミ
加賀百万石の礎を築いた英傑。織田信長に仕えた若い頃は、短気で喧嘩っ早く、派手な格好をした「かぶき者」だったと伝わります。槍の名手で「槍の又左」の異名を持ち、御霊を祀る尾山神社に当時を偲ぶ象が立てられています。

"金沢城公園の近くにある神社で、門にはステンドグラスがうめこまれている塔があって、とてもオシャレでした。洋風の門と、それをくぐると立派な和の社殿があり、その横には前田利家の銅像まで、見所がたくさんある神社でした。"
— SHIN1015さんの口コミ
"前田利家を祀っている神社で境内にナポレオンみたいな格好をした前田利家の像もありました。ステンドグラスで有名みたいですが、境内には他に日本庭園のような場所もあり、見どころが盛りだくさんでした。"
— cloe888さんの口コミ
室町時代末期に伊豆を平定し、小田原城を奪って相模を統一した戦国大名の先駆け。小田原駅に立つ像は、本体の高さ5.7m、重さ7t。周囲を取り巻く松明を角に括った牛の像は、早雲が用いたとされる兵法「火牛の計」を表しています。

"小田原駅の西口の駅前ロータリーにあります。早雲は戦国時代の北条家の祖となったことでも有名で、小田原の城下町の礎を築いた名将ですね。馬に乗った勇ましい姿をしている像でした。"
— manimanimaniさんの口コミ
"これまでにもいくつか銅像を見てきましたが、その中でも最大級です。北条家は三代氏康からはよく知っていましたが、初代は詳しく知らなかったので、そのエピソードがそのまま像になっているのがおもしろいなと思いました。"
— asukotaさんの口コミ
平安時代の弓の名人。源平の屋島の合戦で源義経の命を受け、平氏が船に掲げた扇を射落とした物語が有名です。生まれは現在の栃木県那須地方といわれ、大田原市内には道の駅那須与一の郷のほか、像やレリーフが点在しています。

"レストランや農産物直売所、物産館、情報館がありますが、ここには与一伝承館があり映像とカラクリ人形で、与一の姿を現しています、広い道の駅です。"
— しらこばとさんの口コミ
"那須与一の銅像が目を引く広い駐車場があり、食事や土産物店の他にも、竹のギャラリーや与一記念館などの見どころが多い場所でした。"
— korechanfanさんの口コミ
12年間にわたり5度の合戦が行なわれた川中島の戦い。1561年の激戦の舞台である八幡原の川中島古戦場に、両雄の像が対峙しています。謙信が敵本陣へ突き進んで太刀を振り、信玄が軍配団扇で受けたという場面が再現されています。

"八幡原史跡公園として多くの部分は憩いの公園ですが、公園の北端一角、博物館の西側に、川中島の戦いの歴史を見ることが出来ます。ここには八幡社、合戦絵図、武田信玄と上杉謙信の銅像、三太刀七太刀の跡、執念の岩、逆槍の木等、見どころがたっぷりです。"
— YMIYAさんの口コミ
"武田信玄と上杉謙信が戦ったとされる古戦場があります。春は桜にツツジ、秋には紅葉が楽しめます。広い公園ですので博物館、プラネタリウム等あり、散歩もできます。激戦の様子が看板にも書かれています。"
— YOKO Aさんの口コミ
源平の一ノ谷の合戦での一騎討ちの場面。直実が勝利するも敦盛が若武者だったため、涙ながらに首を取ったという悲哀の物語が伝わります。周囲に同合戦の旧跡が残る須磨寺の庭に、一対の像が納められています。

"無官の太夫・平敦盛の首塚や、敦盛首洗いの池、義経腰掛けの松など、源平ゆかりの史蹟が多く見られます。「源平の庭」にある平敦盛と熊谷直実の像が印象的でした。"
— チュンチュさんの口コミ
"平安時代の初めに創建されたと言われる須磨寺。源平合戦の最後の場所に近いと言うので沢山の人が参詣に訪れます。境内には源平の庭があって当時が偲ばれます。"
— tansokupontaさんの口コミ
以上、全国のカッコいい騎馬像を紹介しました。凛々しい姿に武将たちの力や心の強さを感じるのはもちろん、建立に携わった人々の願いや、大切に守る郷土の人たちの想いが伝わってきます。あなたもカッコいい騎馬像を見つけたら、ぜひ口コミを投稿してください。