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クルーズ船で海風を感じながら、ノスタルジックな世界遺産「軍艦島(端島炭坑)」探訪はいかがですか?
歴史と文化遺産ツアー

クルーズ船で海風を感じながら、ノスタルジックな世界遺産「軍艦島(端島炭坑)」探訪はいかがですか?

9件の口コミ
歴史に埋もれていた ” 廃墟の島 ” が現在でも人々の好奇心を掻き立てるのは、「島全体が繁栄当時のまま残っている」ことです。<br><br>閉山から30数年、人が住み続けたアパート群は一部を除いてはすべてが当時のままにタイムカプセルになっており、エモーショナルな時間を肌で感じられる稀有な場所でもあります。廃墟でありつつも、テレビを始めとする家電や生活の名残がそのまま放置され、昭和の生活を実感することができるのも、軍艦島が人々を引きつけてやまない魅力かもしれません。<br>小さな海底炭坑の島は、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。<br><br>最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、当時の東京都区部の9倍もの人口密度に。島内には小中学校や病院などが完備され、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろうほどに。端島炭坑の石炭は良質で、隣接する高島炭坑とともに日本の近代化を支えましたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより1974年に閉山。島は無人となり、長らく廃墟の島として歴史の中に埋もれていました。
¥7,308(大人1名あたり)
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sahaooonさんが口コミを投稿しました(2020年12月)
春日井市, 愛知県投稿6,930評価78,941
+1
世界遺産「潜伏キリシタン」の出津集落にある女性のための授産施設跡です。この地の余りに貧しい女性達のためにド・ロ神父が私財を投げうって作ったマカロニや糸、素麺など換金性の高い品の製造所はその建物やこの地独特の製法のド・ロ壁と共に重文指定されています。シスターによる説明をぜひ聴かれることをお勧めします。再び祖国に帰らない覚悟で危険な禁教下の日本に来て生涯この地に奉仕した神父の愛の物語に感動しました。
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訪問時期:2020年9月
130人の役に立った保存2回9件のリポスト
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bakera73さんが口コミを投稿しました(2020年4月)
釧路市, 北海道投稿9,380評価1,657
 「外海の人々を貧しい生活から救いたい」という思いをもって潜伏キリシタンの地の一つである出津集落を築いていったフランス人のド・ロ神父という人がいます。ド・ロ神父が作った施設の一つが、この旧出津救助院です。海岸線からわずかに入った丘の斜面にいくつかの施設がつくられている出津集落にあって、その中腹あたりにこちらの旧出津救助院が建っていました。すぐ近くには、ド・ロ神父記念館もある場所です。  この施設は女性のための授産施設として作られたそうで、マカロニ工場や製粉工場などもあったそうです。
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訪問時期:2019年10月
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miyama1643さんが口コミを投稿しました(2020年3月)
投稿8,139評価660
+1
 今は、長崎市に編入の西彼杵の外海の出津。江戸の禁教期に250年もの隠れならに、潜伏キリシタンの地。 長崎市内から、今は国道で山越、海岸道路を楽にいけるが、たいへんな辺境の貧しい土地。明治になっても、(子供の間引き)もある 1879年(明治12)、外海地方に赴任したフランス人宣教師のド・ロ神父は、地域住民を窮状から救うために、農業指導、漁業指導、医療事業、教育事業など様々な活動を施行した。特に旧出津救助院は、女性のための授産施設として、明治16創設という。  旧出津救助院の中心施設の授産場では、綿織物の製糸から製織、染色、マカロニ、そうめんやパンの製造されたと。外海地区固有として定着した技法の「ド・ロ塀」は、国の重要文化財に指定され、和洋折衷の建物となっている。  当時の、先進的生産用具なども、陳列され、わたしたちは、ほかに訪問者もなくシスターが、丁寧に解説してくださる。  出津教会、大野教会など 併せて回る歴史を知る、良いところ。
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訪問時期:2020年1月
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k_matsu132さんが口コミを投稿しました(2020年2月)
釧路市, 北海道投稿10,880評価2,781
 出津教会から海側に向かって坂道を降りてくると、ドロ神父記念館があり、そのすぐ近くにこちらの旧出津救助院がありました。  明治12年に外海地方に赴任したというフランス人宣教師のド・ロ神父は、この辺りに大きな功績を残した人なんですね。地域住民を窮状から救うために、農業指導や漁業指導、教育など様々な活動を続けたそうです。この旧出津救助院もまた、そうした彼の行ってきたことの一つで、女性のための授産施設としてつくられたそうです。
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訪問時期:2019年10月
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Evagundamさんが口コミを投稿しました(2019年8月)
京都市, 京都府投稿3,667評価351
 フランス人宣教師マルコ・マリー・ド・ロ神父が、1883(明治16)年に旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)を創設しました。同院は、授産場など複数の施設で構成されています。当時、社会的地位の低かった女性達の地位を向上するために建てたものです。女性たちの自立を促すために、綿織物の製糸から製織、染色、そうめんやパンの製造、醤油等の醸造の指導が行われていました。それらの出来事を、地元ボランティアさんが、とても丁寧に説明してくれます。そのおかげで、神父様や信者達のご苦労が手に取るように解ります。そのため、全体で30分以上の時間が必要です。時間のない旅行客には、ボランティアガイドはお勧めできません。又、授産場の2Fが、祈りの場になっていて、ここでも、修道女の方が、親身になって説明して下さいます。嬉しい限りです。  入場料は、大人400円です。時間の有る旅行者の方は、是非とも見学することをお勧めします。
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訪問時期:2019年7月
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