文京区湯島にある「麟祥院」についての情報を発信していきます。「麟祥院」を訪れたのは2023年10月31日です。「麟祥院」へのアクセスは、都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目駅」の4番出口を出て、左方向に進むとすぐに「春日通り」になります。「春日通り」を左折し、370mほど道なりに直進すると、左手に「麟祥院前ポケットパーク」があるのでそこを左折します。50mほど進むと正面に「麟祥院」の山門があります。
「麟祥院」は、臨済宗妙心寺派の寺院です。「麟祥院」は、「定光禅師集劉渭川」が開山し、三代将軍「徳川家光」の乳母として知られている「春日局」が開基となり、寛永元年(1624年)に「報恩山天澤寺」として創建されました。「春日局」の死後に、「春日局」の法号にちなんで「天澤山麟祥院」と改号したといわれています。寛永11年(1634年)には、寺領300石の御朱印状を拝領し、江戸時代には臨済宗妙心寺派の触頭を浅草海禅寺、高輪東禅寺、牛込松源寺と共に勤めていたといわれています。境内の周囲にカラタチの木を植えていたので、別名「からたち寺」ともいわれていましたが、残念ながら明治期の道路拡張などによりカラタチの生垣はなくなっています。また、「春日局墓所」は、神奈川県小田原市の「紹太寺」(稲葉一族墓所)にもあり、京都市の「金戒光明寺」と「高野山奥の院」に「春日局供養塔」が建立されています。
01_【一口メモ】
⑴ 所在地…〒113-0034 東京都文京区湯島4丁目1−8
⑵ 「麟祥院」の概要 ①山号…天澤山 ②院号…麟祥院 ③宗派…臨済宗妙心寺派
⑶ 「麟祥院」所蔵の文化財等
①十六羅漢図(文京区指定文化財) ②春日局像(文京区指定文化財) 狩野探幽筆・江戸時代
③麟祥院文書・春日局書簡(文京区登録文化財) ④春日局墓(文京区登録文化財)
02_【アクセス】
⑴ 電車を利用する場合
東京メトロ丸の内線「本郷三丁目駅」2番出口から徒歩10分650m
都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目駅」4番出口から徒歩7分500m
⑵ バスを利用する場合
① [錦糸町駅前(北口)] ⇒[大塚駅前]≪都営バス:都02≫
・バス乗り場:「錦糸町駅前(北口)」(1番のりば)
・19停留所目(「湯島三丁目」の次の停留所) 所要時間約22分
・9時から17時の間に1時間平均6便~10便
・「湯島四丁目」停留所で下車し、「麟祥院」まで徒歩3分200m
② [大塚駅前] ⇒[錦糸町駅前(北口)]≪都営バス:都02≫
・バス乗り場:「錦糸町駅前(北口)」(1番のりば)
・15停留所目(「本郷三丁目駅前」の次の停留所) 所要時間約23分
・9時から17時の間に1時間平均6便~10便
・「湯島四丁目」停留所で下車すると、目の前にある「麟祥院前ポケットパーク」の奥の50mほど先にあり ます。
03_【「麟祥院」の見どころ】
⑴ 「春日局墓石」について
「春日局」の墓石の四方及び台石には、「夫々穴」があります。これは「死して後も天下の政道を見守り之を直していかれるよう黄泉から見通せる墓を作って欲しい。」という「春日局」の遺言によって建立したものです。「春日局」の強運、又墓石に穴が通っていることから、「願いが通る」と江戸時代から参詣する人が多くいたそうです。
⑵ 「東洋大学発祥之地」
「麟祥院」の山門を入ってすぐ左手に, 茶色の自然石に「東洋大学発祥之地」と刻まれた碑があります。
明治20年(1887年)に「東洋大学」の前身である私立「哲学館」が創立されました。創立者の「井上円了」は、安政5年(1858年)に新潟県の寺の子として生まれた。明治18年(1885)東京大学文学部哲学科を卒業し、2年後の明治20年(1887年)9月16日に、哲学諸科の教授を目的として私立学校「哲学館」を境内の一棟を借りて開校しました。「哲学館」では、授業以外に講義録を毎月3回発行して、現代の通信教育を行うなど哲学の普及につとめました。「哲学館大学」の名称を経て, 明治39年(1906年)に「東洋大学」と名称を改称しました。現在は 白山(文京区), 朝霞(埼玉県), 川越(埼玉県), 板倉(群馬県) の4ヵ所に キャンパスがあります。そして、「東洋大学発祥之地」記念碑は、1987年9月16日に「東洋大学」創立100周年を記念して建立されました。