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“単なる井伊直弼の住まいだった、と云う場所です”
埋木舎の口コミ

埋木舎
口コミを投稿:2016年6月27日

ここは個人の所有でありいつでも、何時でも入れる、見られると云う場所ではありません。直弼は14男と云う立場でもあったので婿養子に出る口もなく、父が逝去して代替わりすると本宅でもある槻御殿を追い出されて、中堀近辺にあったこの屋敷に(現在は尾末町)移り住んだそうです。まるで世間の主流からは埋まったな存在でもあったので自らがこの屋敷を「埋木舎」(うもれぎのや)と命名して住んでいたようです。後年、光が当たる立場となるのは14男と云う立場であってもその才覚の高さは云うに及ばず、時代が求めた「運」も味方したみたいですね。

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口コミ 23 件中 711

口コミを投稿:2016年4月4日

彦根城中堀に面して立つ井伊家の屋敷跡ですが、現在の建物は解体修理後復元されたものです。
藩主の子として玄宮園「槻御殿」で生まれ育ちながら、14男の立場から藩主にもなれず、養子先の大名家も見つからなかった直弼が、当時の慣習によって移り住んだ質素な部屋住み用の控えの屋敷です。
17歳からの15年間、文武両道に励みながらも、世の中に出ることもない自身の不遇さを重ね合わせて自ら名付けた「埋木舎(うもれぎのや)」。しかしその後、第13代藩主となり桜田門外の変でその生涯を閉じるまでのドラマチックな直弼の足跡の片鱗が偲ばれる史跡ですが、残念ながら冬季閉鎖中で外観のみの見学でした(>_<)。

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口コミを投稿:2016年1月31日

ちょうど開国記念館のお堀を挟んで向かい側にありました。
古い趣のある玄関前までは行ったのですが、2月の中旬頃までは文化財保存の為に休館で、中に入ることが出来ませんでした。
しかし、井伊直弼が過ごした屋敷前まで行くことが出来、いろいろと歴史を勉強する良いきっかけになりました。

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口コミを投稿:2016年1月25日

彦根城の外堀沿いにあります。
こちらは父(11代藩主直中)の死後に井伊直弼が過ごした、簡素な武家屋敷です。
「世の中を よそに見つつもうもれ木の 埋もれておらむ心なき身は」
と直弼が和歌を詠んで「埋木舎」と名付けたそうです。
見学中、他の観光客は居なかったです。

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口コミを投稿:2016年1月23日

いろは松のわき道を入ったところにあった。井伊直弼が17歳から32歳までの15年間暮らした屋敷。茶室の澍露軒も残っていた。見学時間はさっと見ると15分くらい。

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