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“井伊直弼の学問所”
埋木舎の口コミ

埋木舎
口コミを投稿:2017年5月1日

井伊直弼は彦根藩主井伊直中の14男として生まれたので、17歳から32歳までここで不遇の時代を過ごしました。
それでも腐らずに「世の中をよそに見つつも埋もれ木の埋もれてもおらむ心なき身は」と和歌を詠み、この地を「埋木舎」と名付け、文武両道の修練に励んだこそ徳川幕府の大老まで大出世したものと思われます。そのことを思うと感慨深いものがあります。
尚、入口はお堀側にあります。

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口コミ 23 件中 48

口コミを投稿:2016年12月16日

井伊直弼が青春時代を過ごした所です。井伊直弼は1860年に桜田門外の変で暗殺された大老です。奥座敷や居間を外から見ることができます。ここでも紅葉を見ることができました。

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口コミを投稿:2016年11月17日

埋木舎は、のちに13代藩主となる井伊直弼が17歳から32歳までの16年間を過ごした屋敷です。直弼は第11代藩主・井伊直中の14男として生まれましたが、17歳で父親が死去するとともに槻御殿(玄宮楽々園)からここに移されました。直弼は屋敷を「埋木舎」と名づけました。 直弼は一生を埋木舎で果てることを覚悟しましたが、失意のうちにも「業(わざ)」を見い出し、それに全力を傾けました。「なすべき業」として直弼が学んだのは禅、武術、能・狂言、国学・和歌、焼物そして茶の湯などでした。彼がこの時代に学び培(つちか)った精神が、のちに政治家直弼として大きく花開くことになります。大人300円で入場できます。

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口コミを投稿:2016年6月27日

ここは個人の所有でありいつでも、何時でも入れる、見られると云う場所ではありません。直弼は14男と云う立場でもあったので婿養子に出る口もなく、父が逝去して代替わりすると本宅でもある槻御殿を追い出されて、中堀近辺にあったこの屋敷に(現在は尾末町)移り住んだそうです。まるで世間の主流からは埋まったな存在でもあったので自らがこの屋敷を「埋木舎」(うもれぎのや)と命名して住んでいたようです。後年、光が当たる立場となるのは14男と云う立場であってもその才覚の高さは云うに及ばず、時代が求めた「運」も味方したみたいですね。

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口コミを投稿:2016年4月4日

彦根城中堀に面して立つ井伊家の屋敷跡ですが、現在の建物は解体修理後復元されたものです。
藩主の子として玄宮園「槻御殿」で生まれ育ちながら、14男の立場から藩主にもなれず、養子先の大名家も見つからなかった直弼が、当時の慣習によって移り住んだ質素な部屋住み用の控えの屋敷です。
17歳からの15年間、文武両道に励みながらも、世の中に出ることもない自身の不遇さを重ね合わせて自ら名付けた「埋木舎(うもれぎのや)」。しかしその後、第13代藩主となり桜田門外の変でその生涯を閉じるまでのドラマチックな直弼の足跡の片鱗が偲ばれる史跡ですが、残念ながら冬季閉鎖中で外観のみの見学でした(>_<)。

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