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石碑の裏側

石碑の裏に関わった人の名前が書かれているのは分かりましたが、その上に、経緯なのか、功績なのか、何かが書かれているのですが、時代の差があって、よく分かりませんでした。

2018年8月4日に投稿しました
301taichou
,
釧路町, 北海道
モバイル経由
観光の目標としてはどうですかね

紀の川の農業用水を記念した石碑でした。この石碑自体は特に見るべきものが少なく、碑の反対側にある紀の川の堰は新しく立派なものでした。歴史好きの人のみへのお勧めでしょうか。

2017年7月9日に投稿しました
MINOMUSHI_seikatsu
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2018年8月4日に投稿しました モバイル経由

石碑の裏に関わった人の名前が書かれているのは分かりましたが、その上に、経緯なのか、功績なのか、何かが書かれているのですが、時代の差があって、よく分かりませんでした。

訪問時期:2018年8月
役に立った
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2017年7月9日に投稿しました

紀の川の農業用水を記念した石碑でした。この石碑自体は特に見るべきものが少なく、碑の反対側にある紀の川の堰は新しく立派なものでした。歴史好きの人のみへのお勧めでしょうか。

訪問時期:2017年7月
1  役に立った
口コミは投稿者の個人的見解に基づきます。TripAdvisor LLCの見解ではありません。
2016年4月2日に投稿しました

和歌山市のはずれ、岩出市との境界の近くにあります。昔から、水には恵まれていた和歌山市で、江戸時代に行われた水利事業を記念した碑です。紀ノ川沿いにところどころ見られる碑の一つです。

訪問時期:2016年2月
1  役に立った
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2015年11月19日に投稿しました

紀の川の「岩出頭首工」近くの堤防沿いに、「六箇井樋門改築記念碑」という碑が建立されています。

現在「六箇井」と呼ばれている農業用水路は古くからあったもののようですが、記録によれば、大畑才蔵の指揮監督により元禄14年(1701年)に現在の和歌山市山口地区から直川地区へと延長されています。

その後、さらに西の地域で干ばつが相次いだため、今度は中村成近という人物の主導で用水路の西進が計画され、文化2年(1805)から文政5年(1822年)まで17年の歳月をかけて直川から松江まで約16kmの水路を完成させ、これによって和歌山市北西部の農業生産力は飛躍的に向上することになったのです。

こうして六箇井の灌漑能力は大幅に向上したのですが、紀の川からの取水口は元のままであったためしばしば取水量が不足し、また洪水による破損も相次いだことから、天保7年(1836年)に取水口の位置を約40m上流に移し、現在の岩出頭首工付近から取水することとなりました。

その後、昭和12年になって紀の川の水害被害をなくすための大規模な改修工事が行われるとともに、六箇井の取水口も延長350mの鉄筋コンクリート造に改築されたのです。

この記念碑は、取水口改築事業が完了したことを記念して昭和14年12月に建立されたものです。和歌山市の紀の川北岸にはまだまだ多くの農地がありますが、こうした農地はそのほとんどがこの「六箇井」によって潤されているのです。
その背景には、驚くほど長い期間にわたっての、多くの人々の努力の積み重ねがあったのですよ。

訪問時期:2015年10月
1  役に立った
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