「浅草十二階」の愛称で親しまれた「凌雲閣」の記念プレートが、浅草の町の一角のビルの壁に掲げてありました。関東団震災で倒壊してしまったそうですが、エレベーターも設置されていたという在りし日の様子を想像し... 続きを読む
「浅草十二階」の愛称で親しまれた「凌雲閣」の記念プレートが、浅草の町の一角のビルの壁に掲げてありました。関東団震災で倒壊してしまったそうですが、エレベーターも設置されていたという在りし日の様子を想像し... 続きを読む
記念碑というかプレートです。期待して行くとがっかりしてしまいますが、それでも実際にこのプレートを見てかつての凌雲閣の雄姿に想いを馳せることは楽しいことです。
こちらは某パチンコ屋さんの傍らにプレートがありました。
東京の浅草凌雲閣は、浅草公園に建てられた12階建ての展望塔で、1890年(明治23年)竣工~当時の日本で最も高い建築物であったそうです。
「浅草十二階」の愛称で親しまれた「凌雲閣」の記念プレートが、浅草の町の一角のビルの壁に掲げてありました。関東団震災で倒壊してしまったそうですが、エレベーターも設置されていたという在りし日の様子を想像してみるのは一興でした。
記念碑というかプレートです。期待して行くとがっかりしてしまいますが、それでも実際にこのプレートを見てかつての凌雲閣の雄姿に想いを馳せることは楽しいことです。
台東区浅草2丁目のパチンコ屋さんの前に浅草凌雲閣記念碑があります。明治23年(1890年)にこの場所に八角形の形をした12階建ての建物・浅草凌雲閣が建てられました。日本で最初の電動エレベーターも設置されていたそうです。残念ながら関東大震災で倒壊してしまいました。現在はとても字が読みづらい記念碑があるのみです。
六区ブロードウェイ商店街の突き当りにあります。背後の建物の一部のように見えて、近づくまで記念碑だとはわかりませんでした。せっかく記念碑を建てるならもう少し目立つものにしたほうがいいのでは。文字も小さいです。とはいえ、写真などではよく見る凌雲閣、今はこのプレートだけがその存在を伝えてくれま。
江戸川乱歩の世界には良く出て来る浅草十二階、碑と言うからそれなりのものを想像して行くとガッカリ必須である。プレートが一枚有るだけである。往時を偲びたければここでは無く、江戸東京博物館がお勧め。