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“ただの穴ではありません。”
西郷隆盛洞窟の口コミ

西郷隆盛洞窟
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観光スポットの詳細
オーナーの説明文: 西郷隆盛洞窟は、鹿児島市城山町にある鹿児島市の記念物に指定された史跡です。洞窟の規模は、奥行きが4メートル、間口が3メートル、入口の高さは2.5メートルあります。この洞窟は、西南戦争で薩軍と政府軍との城山攻防戦という最終段階において、西郷隆盛が1877年9月19日から同24日未明までの約6日間に渡り過ごし、最後まで薩軍の指揮をとっていた場所です。電車でのアクセス:JR鹿児島駅などからバス
口コミを投稿:2018年6月23日 モバイル経由

歴史を詳しくない方は、明治維新館によってから行くと分かりやすいです。するとただの穴と書いている方もいますが、到底ただの穴には見えません。

西南戦争も終盤、隆盛は城山に陣を築き、
最後の5日間をこの洞窟で過ごしました。
政府軍に包囲され、薩摩軍は一気に坂をかけおります。洞窟を出て、300メートルほど下った場所で、2発の銃弾が西郷隆盛の腰と太ももを打ち抜きました。

「晋どん、晋どん、もうここらでよか」

西郷隆盛は補佐の別府晋介にそう告げると、

「御免なったもし!(お許しください!)」

別府晋介はそう言って、西郷隆盛の首を切り落としました。

時代は明治に変わるころ。
日本の為に懸命に働いた隆盛の最後が、戦国時代と何ら変わらない死に方であることに虚しさを感じました。洞窟の中で、坂道で、彼は何を考えていたのでしょうか。
敵の政府軍には、幼いころから友人だった大久保利通や自らの弟、西郷従道もいました。どうにかならなかったのかとつくづく思いました。坂を下ると終焉の地にも行けます。ぜひ、行ってみて下さい。

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口コミ 112 件中 15

口コミを投稿:2018年6月20日

なんとも言えません。
通り道なら、、、わざわざなら無駄です
私は見ているときに動いているバスからわずか数秒で見ている団体がいました。
きっと正解です

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口コミを投稿:2018年6月17日 モバイル経由

城山展望台へ行く途中の右側に。往時は5つあったらしいが現在は2つ。奥行きは5m程あったらしいが少しづつ崩れ今はほんの少し、でも想いを馳せれば感慨深いものがある。

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口コミを投稿:2018年6月9日

 ホテルからの帰路に立ち寄りました。車を止めるスペースはほとんどありません。それで洞窟というほど奥行はありません。洞窟に行くと聞いてちょっぴり怖がっていた下の子もなあんだという感じでした。わざわざ行くと少々がっかりするかもしれません。

1  役に立った
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口コミを投稿:2018年6月5日

タクシーで城山展望台まで往復しましたが 展望台まで上がる手前にありました。
ここを見るのは無料です。
西郷隆盛が最後の5日間隠れていた洞窟だとタクシーの運転手さんがおっしゃっていました。
洞窟を覗いてみると 奥行はあまりなく 小さい洞窟でした。
このへんはシラスで柔らかいので 手掘りの洞窟でしょうね・・・おそらく。とのことで なんとなく感慨深いものがあります。

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