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寺田屋を満喫する
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口コミ 200 件中 16
口コミを投稿:4 週間前

江戸時代の淀川水運を担った船宿の遺構です。目の前は寺田屋浜といいます。対になる大坂天満橋の八軒家がビル街になってしまっているのとは対照的です。この建物は明治38年にはじめて登記されましたが、建物登記制度のはじまりがそれぐらいからということで、実際はそれ以前からの建物です。戊辰戦争で寺田屋事件が起こった建物は被災しましたが、その直後、明治に改元されるころには女将おとせの手によって西隣に再建されたものある可能性が高いです。明治元年の9月には仁礼という幕末薩摩藩米国留学生が帰国直後に寺田屋を利用している日記がありました。建物だけではなく、まわりの様子も伏見湊の雰囲気が良く残っています。

訪問時期:2020年12月
1  役に立った
口コミは投稿者の個人的見解に基づきます。TripAdvisor LLCの見解ではありません。
2021年1月12日に投稿しました

京阪電車「中書島駅」から徒歩10分程です。この一帯は「鳥羽伏見の戦い」で激戦地となり、かつての寺田屋は焼失したため現在の建物は明治になって再建されたものです。幕末に2つの「寺田屋事件」の舞台になったことで有名です。
【寺田屋騒動】
1862(文久2)年、尊皇攘夷派の先鋒であった薩摩藩士と、公武合体派の島津久光が派遣した藩士が、寺田屋で同士討ちした騒動。石碑の右側面には「薩摩藩九烈士殉難の跡」と刻まれています。1864(元治元)年には、長州藩・土佐藩の尊皇攘夷派志士が池田屋で新選組により襲撃される「池田屋騒動(池田屋事件)」が起こりました。
【寺田屋遭難】
1866(慶応2)年、京都での薩長同盟の会談を斡旋した直後に、薩摩藩士を偽って宿泊していた坂本龍馬を、伏見奉行所の役人が捕縛・暗殺しようとした事件。石碑の左側面には「坂本龍馬先生遭難の跡」と刻まれています。この時はお龍の機転によって死を免れますが、1867(慶応3)年、「近江屋事件」により暗殺されました。
現在の寺田屋には龍馬やお龍、龍馬を支援した女将・お登勢などの資料が多く展示されています。庭には記念碑や龍馬の銅像が建ち、幕末ファン必見のスポットです。旅館として営業もしていますので、実際に宿泊できる旅籠でもあります。是非・・

訪問時期:2020年11月
4  役に立った
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2020年4月6日に投稿しました モバイル経由

竜馬好きなら1度は訪れたい。
竜馬の時代の寺田屋さんを再建したものではありますが雰囲気はバッチリ。お庭も綺麗。
コロナの影響で今回はお休み中で中に入ることが出来ず 外観だけ見て気分を味わってきました。
すぐ近くを流れる濠川の眺めも素敵でした。

訪問時期:2020年4月
1  役に立った
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2020年3月20日に投稿しました モバイル経由

実際に龍馬が宿泊した建物は内戦で消失したので、今の建物は明治になって再建されたものです。刀傷も観光用に付けたもの。
当時を偲ぶアトラクション的な軽い気持ちで行くと良いと思います。今はコロナの影響で内部の公開はしてませんでしたが、そこそこ観光客がいました。

訪問時期:2020年3月
1  役に立った
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2020年3月14日に投稿しました

京都市伏見区にある寺田屋。坂本龍馬ゆかりの宿として有名ですが、ここは淀川を下る三十石舟の舟着き場の舟宿で、創業は慶長2年(1597)と歴史ある場所です。

山城国寺田村に住んでいた百姓・伊助がこの地に船宿を開いたのが始まりで、名前はその方の出身地の寺田村から取ったそうです。

幕末は薩摩藩の定宿として繁盛しますが、歴史的に有名な二つの事件の現場となっていて、島津久光が自藩の尊王攘夷派の志士を排除するため寺田屋を襲撃させた事件と、坂本龍馬が伏見奉行所の役人に囲まれ、危うく殺害されかかった事件です。
特に坂本龍馬の事件の方は、龍馬の恋人となるお龍の機転と必死の逃亡で伏見薩摩藩邸に駆け込んで九死に一生を得ることができたようです。

現在の寺田屋には事件当時の「弾痕」「刀傷」「お龍が入っていた風呂」などがあるそうです。
ことの真意が論争となっている場所ではありますが、すぐ側で事件があったや幕末の歴史の中心的なエリアであることは確かなので、幕末の歴史好きにはたまらない場所ですね。

訪問時期:2019年11月
2  役に立った
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